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正しい語彙と、正しい日本語文法

国語が誤用されているという調査結果はしょちゅう出てきます。 きょうのニュースでも、文化庁による国語使用に関わる世論調査の結果が発表され、どうやらみなさん間違って使ってる言葉があるようですね、というような報道がありました。 これはもっぱら「語彙」と、その「語義」とを「正しく」使用しているかという調査であって、縄文ネットでおこなっているような、文法の調査ではありません。そもそも、文法が正しいかどうかということは、決して判断できないためなんですね。 誤用に関していえば、「あらたしい」が正しかったのに「あたらしい」に誤用されて、それが正しい言い方になってしまったという例を見ての通りです。夏目漱石なんかも、「簡単」ではなくて「単簡」という言葉を使っていました。こんなふうに、語彙というのは変化するものなのです。 もちろん、日本語文法も変化しています。ただし、そうした変化を誤用ととらえることが可能かどうかが難しい。 筆者の立場は、日本語のネイティブには日本語文法の誤用がないというものです。文法は、話者の主観であり、認識のあり方、認識の形式を、主観通りに発する部分だからです。そこでの誤用は誤用ではなくて、あくまでも、発した人の主観がそうだったというだけのことだと見ています。 例えば、静岡方言には「歩き」の「可能形」が少なくとも二つあって、それぞれ次のような意味になります。 「歩けえる」 歩く能力がある。足の怪我が治った。足を怪我したが歩くのに支障はない。赤ん坊が歩けるようになった。 「歩かれる」 地面、床面、路面などが歩行に支障ない。洪水が引いて道路を歩ける。工事が終わって通行できる。 静岡の人が、この二通りの言い方を、どちらも正しいと認識していた場合、「歩ける」という標準語では、どちらの意味になるか判断しかねて非常に使いづらい、あるいは使うことができないということになってきます。 それでも正しい標準語は「歩ける」だからということで、静岡の人がそれを使えば、自分の主観をちゃんと表現できませんから、その場合は、静岡の人にとって、標準語を使うことはつまり、文法的に間違った言葉を使うということになってしまいます。

「きれいだね」と「きれいね」、「いいね」と「いいわね」

「便利だね」と「便利ね」、「いいね」と「いいわね」。 これはそれぞれ前者が男性口調、後者が女性口調。 いわゆる「な形容詞」:「便利」:男性に「だ」が加わる。 いわゆる「い形容詞」:「いい」:女性に「わ」が加わる。 「な形容詞」と「い形容詞」とで、男女が逆になるようなことになっている。 なぜか。 「便利だ」の「だ」「いい」の「い」この二つに共通の意味: 「話者の主観が主導的になる 」=「請け合い」 「請け合い」は、話者の主張を前に出すという意味なので、そのままにすると奥ゆかしくない。 奥ゆかしくないというのは、女性的ではない。 そこで女性は、「便利ね」と「だ」を使わない。 そこで女性は、「いいわ」と「わ」の音の強さで「い」を相対的に引っ込める。 これがこの件についての説明の全てとなる。

説明不能の解決方法

 文法の研究は、説明できないことを  「説明できません。」  と、素直に認めるところから始めるべきだった。  素直に認められなかったのは、自分たちの言語によって近隣を支配しようとした必要から、異なる言語を使う人々に自分たちの言語を説明しないわけにはいかなかったためではなかったか。  たとえばモンゴル語の地域を中国語で支配するには、中国語で生まれ育ってはいない人々に中国語を教え込む必要がある。逆もまたしかり。  そうした政治的支配をおこなう上で、言語に説明できない部分があるのは非常に都合が悪いのだ。  説明できないのは大問題で、それを解決するためには何としてでも説明しなければならない。  「つつじってきれいだよな。」  たとえばこんな言葉を教えなければならないとしよう。そこで説明を試みる。  「つつじ」  これは現物でも見せればすぐ納得できるから説明が簡単。  「って」  この部分は、「は」「が」「も」などで言うこともあり、どれをとっても説明できない。  「きれい」  これは見た目を好意的、積極的、感動的に肯定できるという意味で説明できる。  「だ」  これは省略でき、省略した場合との意味の違いがなかなか説明できない。  「よ」  これも「だ」と同じで説明できない。  「な」  これも「だ」「よ」と同じで説明できない。  こうなると、説明できるのは「つつじ」「きれい」の二つだけ。あとの四つは説明できない。  政治的支配者である自分たちの言葉に説明できない部分があるのは都合が悪い。そこで問題を解決しなければならないのだが、解決方法は次の二つが考えられる。  (1)苦しくてもこじつけでも、とにかく説明してしまう。  (2)説明できない部分をなかったことにしてしまう。  (1)をおこなった場合、「説明」は複雑になり、矛盾も生じ、理解困難になる。日本語の「文法」がそれだ。  (2)をおこなった場合、言葉は次のようなものになる。  「つつじ、きれい。」  この言い方に何も足してはいけない、というおふれを出すとしよう。そうなると中国語だ。  「私、スイカ、食べる、欲しい。」(我想吃西瓜。)  「ここ、だめ。場所、見る、物、置く。」(這裏不行、看地方放東西。)  これなら説明できない部分がなくなって都合がよい。

台湾における日本語文化 〜中国語では表現できない悲哀〜

台湾には、日本人以上に流暢な日本語を話す人たちがいて、 日本の俳句や短歌を嗜まれる人たちもいる。 戦前からの、日本語での日本の教育を受けてこられた人たちだ。 台北に住み始めたころ、ご高齢のご婦人が 選挙運動のために訪ねてこられたことがあった。 はじめ台湾語で話しかけられたが、 こちらが日本人だと告げると、 すぐ日本語に切り替えてくださった。 しかも完璧な、東京の山の手言葉だった。 じつに美しい、品のある言葉だった。 筆者の手元には、『台北俳句集(19)』がある。 「中華民国七十八年度」のもので、 発行は、「中華民国八十年三月一日」とある。 句集に参加されていた方からいただいたもので、 中華民国八十年は、平成三年、1991年となる。 内容は、64名の俳句作品を集めたもので、 いずれも日本国内における俳句出版物に 勝るとも劣らぬ高い水準の作品ばかりで、 南国台湾の風情を伝え、 日本語が、日々の生活から離れつつあることへの 哀愁をたたえてもいる。 台北俳句会をまとめてこられたのは、 第3回「正岡子規国際俳句賞」(2004年11月)を受賞された 黄霊芝先生で、『台北俳句集』は30巻に及んだ。 黄霊芝先生については、 こちらに詳しい。>> 台湾で多くの人たちによって このように日本語活動が続いてきた背景には、 戦後、中国国民党によって、日本語が禁止されてきた その反動もあったようだ。 日本語で学び、日本語で考え、 日本語で情報を得てきた人たちから ある日を境に、急にそれを取り上げてしまった。 時の支配者蒋介石だって、日本留学経験もあり 日本語と、日本の理解者だったはずだが、 台湾の地がいつまでも日本語に支配されることは 受け入れられなかったのだろう。 表向きは、完全に日本語を排除し、 北京官話(中国語=マンダリン)による統治が行われてきた。 それが十年、二十年、そして五十年、六十年と続いた。 気がつけば日本語支配よりも、中国語支配の年月の方が 長くなってしまった。 もとより台湾人の多くは、台湾語や客家語を母語としており、 台湾語も客家語も中国語系の言語であるから、 漢字での表記も可能だし、文法的にも中国語と大差はない。 だから中国語の受け入れは、 日本語を受け入れたころに比べれば困難ではなかったはずだ。 しかし、日本語にはあって中国語にはないものがあった。 それを...

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